女流王将がコンピューターに敗北した。機械も人間が作ったのだから素直に喜んでもいいはず、なのだが心中穏やかではない。人間の領域に無機質な何かが侵食したように。
公式な場でプロ棋士の敗北は初めてという。ただ関係者らは冷静に受け止めているらしい。チェスでは既に1997年、世界チャンピオンが敗れている。チェスは、西洋では知能の象徴だと考えられていたため、早くから人工知能開発の格好の目標にされていた。
持ち駒を自由に使える将棋は、打つ手の選択肢が膨大に広がる。それでも人間に勝つソフトの開発は時間の問題とみられていた。将棋連盟はソフトとの対戦を禁止していたが今回挑戦を受け入れた。悔しさは募るようで再戦に意欲的だ。
機械が限りなく人間の能力に近づいたとき、本物の人間と見分ける手段はあるのだろうか。「知能の謎」(けいはんな社会的知能発生学研究会編)によると、17世紀前半、真剣に考えた哲学者がいる。デカルトはどんな機械も再現できない人間の知的能力を二つ挙げた。
言語によるコミュニケーション能力と理性の活用だ。なるほど、コンピューターの計算能力はずばぬけているが、人間が直感や感性まで駆使する判断とは違う。計算は一つの能力にすぎず、人間より賢くなったと考えるのは早計のようだ。
昨今、機械による情報処理能力は日進月歩の進化を遂げている。だが専門家によると、映画のように人間の知能や心まで備えたロボットが登場するには、克服する課題がまだ山積しているとか。早く先が見たい半面ほっとした気分もある。(くろしお)
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